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Empathy(共感・共感的理解)

今日は英語の予習をしていました。

今やっているLesson 1のテーマが“The Power of Empathy”です。「empathy」で辞書を引くと〘心〙とありました。これは心理学用語であるということを意味しています。

21日にカテキョの先生が来るので、それまでにどうにかPart 4まで予習を終わらせたいのですが・・・。10/1からリスニングCDを聞き始めたものの予習が進まず、まだPart 2が終わったところです。とりあえず訳してみました。この日本語訳が合っているかどうかは21日までわかりません。

Empathy is the ability to understand other people’s feeling or situations from their perspectives.
共感(共感的理解)とは他人の見方(考え方)からその人たちの気持ちや状況を理解する能力のことです。

It means putting yourself in someone else’s shoes.
それはその人の身になってみるということを意味します。

It is crucial to building good relationships.
それは良い関係を築くのに欠かせません。

If you want to improve your ability to empathize,you should become an active listener.
もしあなたが共感する能力を向上させたいのなら、能動的な(積極的な)聞き手になるべきでしょう。

Active listener are not self-centered or judgmental.
アクティブリスナー(積極的な聞き手)は自己中心的だったり、独りよがりな判断をしません。

They try to avoid such expressions as “You shouldn’t feel that way,” or “If I were you,I would feel this way.”
彼らは「このように思う(感じる)べきだ」とか「もし私があなただったら、こんな風に感じる」というような表現を避けようとします。

Rather, they try to restate or paraphrase what they have heard.
むしろ、彼らは聞いたことを言い直したり、(わかりやすく)言いかえたりしようとします。

For example, they may say something like “Let’s see if I understand you correctly,” or “So what you mean is ….”
例えば、彼らは「あなたの言うことを正確に受け取っているかどうか教えてくれますか?」や「あなた(の言葉)が意味しているのは…」のようなことを言うかもしれません。

They try to accept different points of view.
彼らは違った観点を受け入れようとします。

If you become an active listener, you will be able to increase your empathy for others.
もしあなたがアクティブリスナーになったら、あなたは他者への共感的理解を強める(深める)ことができるでしょう。

Eventually, you will understand other people better.
つまるところ、あなたは他者をより良く理解するでしょう。

いつもカテキョの先生に「もっと熟れた日本語はないのか」と言われます…。あと、無生物主語の訳し方などをよく指摘されます。今回のPart 2で難しかったのは、“Let’s see if〜”のところ。この「see」は「示す」とか「教える」というような意味なのかな?と思ったのでこの訳なのですが、よく分からないです。21日に答え合わせです。

とにかく辞書を引きました。いつも出てくる単語はほぼ全部辞書で調べます。新出単語はもちろんのこと、文中の全ての単語をジーニアスで調べます。用例や語法などを見ていくとかなりの情報量です。中学で習うような簡単な単語ほど、奥が深いです。侮れません。

私はなんでも基礎基本を大事にします。積み上げていくタイプです。だから英語学習でも、中学レベルの単語は何度も何度も辞書を引きます。“if”とか“the”とか“of”とか“some”とか、あと“take”や“should”なども本当に基礎的な単語は何十回でも引きます。今回は“may”を隅から隅まで読んで要点は書き写しました。ジーニアスの良さは、用例が充実していることでしょうか。高校生の時からずっと英語といえば必携していたのがジーニアスでした。

先日の日記にも書きましたが、最新版の5th Editionはとても分かりやすくて、高校レベル(英検2級レベル)の英語の復習には最適です。

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面接授業の教科書

『はみだしの人類学』です。

10/24・25の面接授業の指定教科書です。目次を見たら面白そうだし、薄くて読みやすそうです。

人類学系の科目は、総合人類学としてのヒト学(’18)を前学期に履修しました。放送授業の内容も教科書の内容も頭の中にするすると入ってきて、「やっぱり私は心理と教育コースより人間と文化コースに親和的なタイプだな」と思いました。でも、人間と文化コースの科目は放っておいてもやるから、普段やらないしやろうとしない「科学」の基礎を在学中はやっていきたいです。

化学・生物・物理や数学の基礎は積極的にやっていきたいので(放っておいたらやらないから敢えて積極的に)、自然科学はじめの一歩(’15)を今学期は取っています。来年度1学期は初歩からの数学(’18)を、2学期は身近な統計(’18)と演習初歩からの数学(’20)を取る予定です。7年で卒業する計画なので、今は基盤科目と基礎系の心理学&臨床心理学をやっているところです。

そんな私はネットでこんなものを発見。

コクヨ/キャンパスルーズリーフ(ドット入り理系線)B5 26穴6mm罫100枚
価格:273円(税込、送料別) (2020/10/17時点)楽天で購入

理系のルーズリーフです。理科・数学のノートが美しく書けるとのこと。20日に診察の後、病院の近くの文具専門店に行って探してみたいと思います。

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自立支援(精神通院)の受給者証の色が変わった/太宰治とボーダーライン

今日、福祉課から郵便物が届きました。

先月転院したので指定医療機関が書き換えられた新しい受給者証が来たのだろうなと思いつつ開封したら・・・スカイブルーのカバーに変わっていてびっくり。。

ずっと、10年以上ディープブルーだったので。なんだか爽やかになりましたね。色だけ(笑)

今日は朝3時間英語の勉強をした後、mixiの日記のバックアップ作業をしていました。mixiが提供しているバックアップのサービス(製本もできる)が9/14で終了していて、手作業でWordにコピー&ペーストです。もっと早く気付いていれば良かったのですが…。日記は約3,600件あります。一日30件保存作業をしたとして、単純計算で4ヶ月かかります。mixiは既に様々なサービスを終了しており、4ヶ月の内にはmixi自体が消滅する予感もあります。

10年前の日記などを見ていて、あの頃はボーダーラインまっしぐらだったなと思いました。でも、ボーダーの人にしかない感性が光っていたなと思います。当時はそれ故に死にそうな日常を送っていましたが、今こうして落ち着いてしまって、或る意味あの時期は貴重だったなと思います。「好きな詩はバイロンの“I have not loved the world”(私は世界を愛さなかった)です」と書いていたり、青いハルシオンを100錠飲んでいたり。

ボーダーラインパーソナリティーの人には、ひとの心を惹きつけて離さない何かがあります。まぁ、それがマイナスに働いて自分も他人も生活が滅茶苦茶になってしまうのですが・・・。プラスに働くとアンジェリーナ・ジョリーのような名演技ができる女優になったりします。マリリン・モンローもボーダーラインの人ですし、ダイアナ元妃もボーダーの人として有名です。日本人では太宰治が最も有名でしょうか。

太宰治の一生を描いたこの作品。映画館で見ようとしたらちょうど上映終了した直後で、それに気付いてとても残念でした。

これは私の書棚の一部ですが、太宰の本は、特に『人間失格』は、一番手に取りやすい所にあります。私のボーダーラインMax時に愛した書の一つがまたボーダーラインの人によって書かれたものだったわけです。

他にも、私の好きな作家はボーダーラインの人ばかりです。ヘルマン・ヘッセ、サリンジャー、アルチュール・ランボー、etc.

境界性人格障害(ボーダーライン)とは何とも興味深い現象だなとしみじみ思います。

〔追記〕
あ、そういえば今日33歳になりました。昔は30歳まで生きてると思わなかったけどな・・・。

生かされて、感謝。

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Don’t give up.とNever give up.の違い(ジーニアス英和辞典より)

今日は朝に英語を少しやって、自然科学はじめの一歩(’15)を読み始めました。

このコップは一昨日、足立美術館で買いました。林義雄という童画家の絵です。大観や魯山人だけでなく、童画のコーナーもありました。(10/13『足立美術館(Adachi Museum of Art)』の日記参照。)

今日は朝から英語の予習をしていました。「give up」が出てきたので辞書を読んでいたら、Don’t give up.とNever give up.の違いが書いてありました。前者は現在問題を抱えている人への励ましの言葉で、後者は将来にわたって継続的に「あきらめるな」の意で、現在に焦点を当てる場合には用いないとのことです。詳しくは「never」を参照せよと書かれていたので見てみたら、neverは命令分の文頭において「決して〜するな」の意であると書いてあり、【語法】という欄に『これからもずっと「〜(する)な」というニュアンスがあり、一回限りの行為に言及する場合はNever mind.などの慣用表現を除きneverは通例不可』と書かれていました。

今は高校英語の復習をしているので、辞書は高校生の定番、ジーニアス英和辞典です。写真は使い倒した第三版と現在使用中の第五版です。今はジーニアス5th Editionが最新版です。ツイッター表現が載っていたり、私が高校生の時に使っていた3rd Editionからかなり進化しています。4th Editionも(ほとんど使っていないけど)持っていて、収載語の説明も3rd→4th→5thになるにつれてどんどん変わっていっているように、分かりやすくなっているように感じます。あと、一番改善されたなと感じたのは重要語の表示がより分かりやすくなったことです。

〘***〙中学レベル(使用頻度の高い語)
〘**〙高校レベル
〘*〙大学・社会人レベル
〘無印〙その他の語

と表示されるようになり、とても分かりやすくなりました。私のように高校レベルの英語を復習する方にはジーニアスがおすすめです。

今日は、自然科学はじめの一歩(’15)を読み始めました。どうにか○Aが取れるように読み込みたいと思います。

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やる気のない一日

やる気がでない。

やる気がでない。

やる気がでない。

新薬ラツーダに変えたい。

ちょっとは気力が出るかもしれない。

英語の予習ができない。教科書を読む気力が出ない。昨日の疲れなのか、鬱転なのか。

よく分からない。

やる気が出ない。

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足立美術館(Adachi Museum of Art)

今日は足立美術館に行ってきました。

人生二回目です。前回は何年前だったか忘れましたが、夜時代の客さんと一緒に行きました。そのお客さんは新聞記者で、出張の度にお店に来てくれていました。芸術、文学、哲学等に造詣の深い方でした。50代で、でも結婚していなかったから淋しかったのか、出張毎に夜の街をふらふらしていた様です。そして私と出会うことになります。そのお客さんが栄転で距離的にこちらに来れなくなるまで付き合いは続きました。懐かしい思い出です。

5万坪の広大な庭園がまさに「生ける絵画」です。借景を取り入れた美しい景色に“It’s beautiful.”以外の言葉が出ませんでした。何故か英語ですが、本当にこの言葉しか出ませんでした(笑)

北大路魯山人の作品のコレクションが大変良かったです。今年2020年の4月に開館50周年を記念して「魯山人館」がオープンしたようで、この空間はかなり良かったです。とても質が高いと素人の私でも分かるくらい素晴らしい空間でした。出たところでこれを買いました。

魯山人館で気付いたのは、日本語の作品名を見ても意味が分からないのにその英訳を見たら一体これがどんな作品なのか分かる、ということです。日本で一番有名な日本庭園ですから、外国人観光客も多いです。もちろん作品名を英訳しています。例えばある作品の日本語のタイトルは「雲錦鉢」です。それを「
Bowl with Design of Unkin(Cherry Blossom and Maple Leaves)」と表現しているのです。それを見て、私はこれが何なのか分かりました。日本語の作品名よりその英訳を見た方が何の作品なのか分かりやすいです。

横山大観の絵も観てきました。「大切なのは技芸ではなく、その奥底にある精神性だ」というところに、まさに大観はそれを具現化しているなと思いました。

いい一日になりました。

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「ひきこもりって なあに」シンポジウム&講演会

今日は、(昨日からずっと)深夜3時過ぎまで起きていました。なんだか眠れず、箪笥の中のお洋服の整理をしながら放送授業を3本聞きました。3時過ぎから眠って、朝の6時に目が覚めました。

今日は教科書が読めないです。頭の中が落ち着いていない。うっすらと躁な感じです。昨日、県の精神障害者団体連合会が関わっているシンポジウム&講演会があって、その興奮冷めやらずといった感じで眠れなかったのでしょうか。当事者・家族会・支援者のそれぞれの立場からの報告など、とても興味深い話を聞くことができました。ちなみに昨日の装いはこんな感じです。上下共にLois CRAYONです。

深い緑は上手く撮れませんね。カーディガンの実際の色合いはこんな感じかな?

今日は県内のとある市のひきこもりへの取り組みについても聞くことができました。厚生労働省が出しているひきこもりの調査結果において、私の住んでいる県では調査結果が存在するのが三市のみ。その内の一つが今回取り組み報告をしてくれました。そこの市は福祉に力を入れていて、7年前に障害者の雇用が180人だったところを、現在1121人雇用。市で「障がい者1000人雇用条例」を制定し、1000人雇用という市役所の部局の名前もこの度1500人雇用室に改めたとか…。そして、この市のひきこもりの居場所は市役所から徒歩1分。

興味がわいたので、早速そこの市長にFacebookの友達リクエストを送ると、早々に承認していただきました。彼は市長であると同時にユーチューバーです。市長室でテイクアウト弁当食べながらいろいろ語っています。あとは「市長のラーメン食べシリーズ」とか(笑)

市長でYouTuberという、そこがやっぱり進んでいるというか時代を先取りしている感があってすごいなと思います。ここの市はそれなりの人口はいるけどいわゆる地方都市・田舎です。でも、隣の政令指定都市より全てが迅速でとにかくやることが的を射ています。LGBT条例も制定済。数年前に豪雨被害があってから「災害支援は全国最速スピードがモットー」。かなりの敏腕市長さんみたいです。

昨日は、前半はシンポジウムで後半は山本先生の講演でした。映画『精神0』が公開されてから、講演の依頼が全国から殺到しているそうです。でも全て断っているそうです。なのですが、今回は山本先生自身が主催している居場所の企画でひきこもりに関するシンポジウムをやることになったという経緯もあり、お話を聞くことができました。

その講演の内容はまた後日の日記に書いてみたいと思います。

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UVレジンでスヌーピー

今日はスヌーピーを作っていました。

10月に誕生日の人がいて。まだ試作段階です。大量生産大量消費(byアンディ・ウォーホル)じゃないです。ひとつひとつ手作りです。先日から試作品を作っていて、モチーフの配置や紫外線の照射時間も試行錯誤していました。プレゼント用の完成品はもっとクオリティの高いものができたらなと思います。作業風景はこんな感じです。

今日は、比較認知科学(’17)の第1〜3回を視聴し直して、第1〜3章まで読みました。レスポンデント条件づけ(古典的条件づけ)とオペラント条件づけの話でした。そういえば、最近はオペラント条件づけと言わないで「道具的条件づけ」と言うらしいです。昨年度に取った心理学概論(’18)には「道具的条件づけ」と書いてありました。そして補足で「オペラント条件づけということもある」と書いてありました。私がレスポンデント条件づけ・オペラント条件づけという言葉に出会ったのが中1の時、つまり12歳だから20年前です。図書室に心理学の雑学本があって、そう書かれていました。時代とともにいろんなことが変わっていきますね。

今日は朝の散歩がてら最寄りの簡易郵便局の前にある郵便ポストまで。あとは近くの教会のポストにも寄って、牧師夫人への返信葉書を入れてきました。というのが、数日前に牧師夫人からこんなグリーティングカードが届いていて。

実は、半年ほどLife Talkという聖書を英語で読んでいくクラスに出ていなくて…。でも気にかけていただいていて嬉しかったです。返信は、今月から復帰する旨を書いて、最後は

I’m looking forward to seeing you.
With love Airi

で結びました。牧師さん一家は、アメリカに16年住んでいて、数年前に日本に帰ってきました。現地ではとても大きな教会の日本人部門の牧師をしていたそうです。アメリカの永住権も持っています。ちなみに私はクリスチャンではありません。でも、キリスト教という文化に触れるといろいろ分かってきたことがあります。例えばですが、送られてきたグリーティングカードの最後に「Love in Him 」と書かれています。このHimは神様のことです。キリスト教の文脈の中でHeとかHimは神様のことを表しています。キリスト教的な文化は日本の文化とは違います。だから、それを理解する機会に恵まれているのはとても有り難いことだなと思います。私は今後もクリスチャンになる気はないですが、キリスト教というものを学びながらまた感じながらやっていけたらなと思います。

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ミニゼミで学習センターまで

昨日はミニゼミでした。地元国立大院の認知心理学の先生が担当されています。昨年度の2学期からその先生のミニゼミに出ています。昨日は雨だったのですが、ミニゼミが終わったくらいには止んでいて、虹がかかっていました。見えづらいですが。

内容は、個人的には難しいです。それは、私がまだ心理学(特に基礎系の心理学)の初学者であるからだと思います。講義の後に思ったのは、とにかく本を読まないといけないということ。所謂「心理学」だけでなく、いろんな分野の本を読まないと本当の心理学はやっていけないな…と思いました。言語学(チョムスキー)・哲学(特にイギリス経験論)・コンピュータ科学(Newell&Simonの人工知能 )・神経科学、エトセトラ、エトセトラ。とにかく、せめて定番書は読破していかないと、心理学を形だけやって終わりになってしまうなと思いました。所定の単位を修めて卒業したら、一応心理学をやったことにはなります。特に、指定の科目の単位を全部取ったら認定心理士には簡単になれてしまいます(※認定心理士は心理学の基礎を学んだことを証明するもので、臨床心理士や公認心理師とは違い、指定科目を履修して学部さえ卒業すれば無試験でなれます)。

何のために学ぶのか。学究とは何か。

自分が納得するまで心理学を中心とした領域群を丁寧にしっかりと学んでいきたいです。

2学期のミニゼミは「記憶の認知心理学」がテーマなので、特に認知心理学に力を入れて学んでいきたいと思います。地元国立大学の図書館も使えるし、県立図書館もいろいろ充実しているので、積極的に利用していきたいです。

そういえば、10/12発売のAERAに友人が載るらしいので、これは放送大学の図書館にリモートアクセスで読もうと思います。その友人は発達障害やひきこもりの領域で結構頑張っている人です。この春に転勤になって県外に行ってしまったのですが(彼の地元に帰ったとも言う)、何年も県内で積極的に活動していました。居場所をやっていたり、新聞に取り上げられたり、Facebook上で5,000人以上の精神疾患やひきこもりに関するグループを維持していたり。それ故の悩みも相当なもののようですが、タフだなぁと思います。彼はWRAPのファシリテーター養成研修の同期で、ついでに同じ地活を利用していました。最近はオンラインの居場所開催とヲタク活動に情熱を注いでいるようです(笑)

みんな当事者だけど、当事者なりに頑張っている。私はTwitterを見ないようにしているので(だんだん病んでくるから…)Facebook中心ですが、入っているグループに、お寺の掲示板に貼ってある法語の写真を載せていく、というのがあります。最近そこで見付けた写真にこう書いてありました。

「人生は如何ように生きても苦しいものである。その苦しみの中で充実することが幸福である。」

そう、達筆で書かれていました。本当は写真を載せたいのですが、著作権云々があるので控えます。

なんだか腑に落ちた。

病も抱えるものなのかなと。抱えつつ生きていくものなのかなと。まぁ今は軽躁(適度に元気な)期間中なのでそんなことを言えるのかもしれませんが。なるべく軽躁期間が長く続けば良いなと思います。鬱になると安楽死の権利を訴えるようになるので(笑)

今日は放送授業を3本聞きました。明日からは10月24・25日にある面接授業の指定教科書を読んでいきたいと思います。

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「有益じゃないと意味がない」のか(デイケアと、東畑開人先生の文春の記事を読んで)

昨日(10/6)の日記です。

昨日は友人とFacebookのメッセンジャーでやり取りをしていました。30往復くらい。以下、そのやり取りの中で私の送った文の一つです。

『私はずっと効率・合理的思考・生産性etc.を良しとする考え方を社会から吹き込まれていたから、デイケアでアロマの会とかやって何になるんだろう、って思ってきた。でも、今ならアロマの会の存在意義がよく分かる。「ただ時間を過ごす”だけ”」でいいのだと、今は思えるようになった。生産性が全てではないのだと思えるようになった時、自分を許せるようになった。その時から徐々に体調が回復していったような気がします。』

と。

メッセンジャーのやり取りの中で、なんでこんな返信を書く流れになったのかと言うと、以下の記事を友人が昨日見つけたらしくて。その感想を送ってきて。でも私は去年の冬くらいにたまたま見付けて読んでいました。文春オンラインの記事です。タイトルは前編が『臨床心理士が精神科デイケアで学んだ「麦茶を入れること」の思わぬ効用とは』、後編が『私たちは「有益じゃないと意味がない」という思い込みから逃れられるのか』です。

https://bunshun.jp/articles/-/11385

これで東畑開人という人を知りました。そして東畑先生の『居るのはつらいよ』を読みました。

この、『私たちは「有益じゃないと意味がない」という思い込みから逃れられるのか』という問いはまさに私の抱える問題の核心を突くものでした。

私は19歳から、激鬱でも体を引きずりながら風俗・水商売で働いてきました。働かないのは罪だと思っていたからです。馬車馬の如く働いて初めて生存することが許可される。社会ってそういうものだと思っていました。自分を犠牲にしてでも、働かなければならない。そう思って生きてきました。

それが、27歳の頃だったか、「福祉」というものに出会ったのです。具体的には地活(地域活動支援センターⅠ型)です。そこでは「ただ居るだけ」でいいのです。何もしなくても、ぼんやり座っているだけでいい。責められない。別に何かしていてもいいけれど、何もしていなくても誰も咎めない。不思議でした。こんな空間があるんだなと、ただただ不思議で、最初は戸惑いました。生産性を追求されないという場所があるということ自体に、最初はただただ戸惑っていました。その空間に少し慣れてきた頃に、地活にピアサポーター養成講座のチラシが貼ってあったのを見て、養成講座を受け、ピアサポーターになりました。

昨日のその友人とのメッセンジャーのやり取りの中で「無駄」や「遊び」の有用性についても意見交換しました。10/5に『精神0』の山本先生とお話をしましたが、その話の中でも「無駄だと思えることが実は一番大切」という内容のことを話し合っていました。効率化・合理化された世の中で見えなくなっているものがある、と山本先生はおっしゃっていました。私も同じように感じます、と長話になりました。「無駄」の必要性をじっくりお話しました。具体的には、長くなるので割愛します。またいつかの日記で書けたらなと思います。

「有益じゃないと意味がない」。ただ生きてるだけじゃ駄目だと、障害者は社会のお荷物だと、そういう固定観念から抜けられなくて私はずっと苦しんでいました。その考えからの開放の嚆矢となったこの記事の東畑開人先生の指摘は鋭いと思います。

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