「文化人類学の考え方」まとめ/正門で葉っぱを掃いていた人はもしや…(笑)

10/24・25は面接授業でした。

昨日、つまり二日目の朝に学習センターに向かうバスの中で友人にFacebookのメッセンジャーからこう送りました。『文化人類学とは、どこか遠くのナントカ民族の調査をするというよりも、それらを手がかりにしながら「自分を見つめ直す」学問なのだというのが昨日の内容でした。』と。

サイードの「オリエンタリズム」やバルトの「エスニック境界論」やサックスの「成員カテゴリー化装置」など難しいことも学ぶのだけれど、担当の先生の考え方はもっとシンプルで、『文化人類学とは「あなた」と「わたし」のつながりを考える』『「当たり前」を問う』というものでした。

「わたし」は「あなた」との関係において存在している。

はじめから「わたし」なんて、ひとりで存在しているわけではなくて、他者の存在によってやっとはじめてその姿をつかむことができる。(『はみだしの人類学』P62より)

この教科書は薄いんです。しかも文字が大きいんです。つまり高齢でも読みやすい。逆に、小学生でももしかしたらいけるかもしれない。しかも口語で書いてあるんです。お手軽なんです。でも内容は濃かった。

単眼ではなく複数の視点を持つこと。新たな切り口から物事を見ること。それはギスギスしないで切り捨てないで上手くやっていくことにつながるのではないか。国家レベルから個人まで、それは応用可能なのではないか。っていうか「日本人」って何?「日本文化」?そんなものは存在するのか?…そういうことを二日間、我々受講生と先生は考え、それを深めていました。もちろん文化人類学っぽいこともやりましたけど。E・ボブズボウム『創られた伝統』とかB・アンダーソン『想像の共同体』とか。

帰り道、放送大学が入っている地元国立大の正門を通っていたら放送大学の来生新学長にめっっっちゃ似ている人が葉っぱを掃いていて一瞬ビビりました(笑)
もちろんそれは警備員さんなのですが、「お疲れ様です。」って言われました。どうもご丁寧にありがとうございます。本人だったらどうしよう・・・(笑)

楽しい二日間でした。あとは○Aさえ取れていれば嬉しいです。

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