体験発表と複雑性PTSD

今日は朝の5時に起き、歩いてポストまで。レターパックを投函してきました。往復約30分のお散歩でした。

思う様に進んでいないくもんの問題集ですが、中1英語の単語・読解編を今日は32ページやって、一冊終わらせました。明日からは中1英語の文法編です。

ところで。母親が美大に行きたいと言い出しました。彼女曰く、「本当は高校進学のとき美術系の学科がある学校に行きたかった。でも現実志向の強い母親(つまり私の祖母)は許してくれず、近くの皆が行く高校に自分もなんとなく行った。」そうです。

最近は退職して時間もできたのでカルチャーセンターに画を描きに行くようになりました。彼女にとっては「青春を取り戻す」ことの一環なのかもしれません。彼女の母親(=私の祖母)は大変厳格な人で、彼女(=私の母親)の人生上の決定には大変大きな影響を与えてきたどころか、有無を言わさず自分の意見を通してきたところがあり、結婚相手(=私の父親)も決めたのは祖母です。「この人と結婚しないなら家から出て行け!!」と言われて母親は渋々承諾。まぁそれが全ての間違いだったわけですが…。

私は父親から身体的・精神的・性的に虐待されながら育ち、後に境界性パーソナリティ障害を発症しました。今もC-PTSDの影響で、昔のことを思い出したりする度に解離が起きます。一番最近あった解離は、体験発表をすることになった時でした。ピアサポーターの仕事で一番多いのは体験発表の依頼です。例えば、精神科病院の新人研修で、入院歴のある人にその時の体験を語ってほしい、とか、保健師と民生委員の合同研修で、地域で生活する困難さなどについて語ってほしい、とかいった依頼が来るのです。私はその他の仕事は引き受けていましたが、体験発表の依頼は全て断わっていました。解離することが容易に想像できたからです。でもある時、自分の人生と向き合ってみようと思い、某精神科病院のデイケアでリカバリーストーリーを発表するという仕事を引き受けました。(ここではリカバリーストーリー=体験発表と思って下さい。)

先ず10分用(A4二枚程度)の原稿を書き上げた時点で調子が悪くなりました。なんだか、いつもと違う。バスに乗っている時にパニック発作の前兆みたいなのが続くようになって、動悸と吐き気と目眩でついにバスに乗れなくなりました。すごく具合が悪い。でも一旦引き受けてしまったので、今更やめますとは言えず当日となりました。

当日、デイケアで原稿を読み始めた時は良かったのですが、途中から・・・読めなくなりました。失語症のように、声が出なくなったのです。でも、たまたまその日は医大生も、PSWも、医大の先生も、それ等の人を案内する医療事務の人も、かなりの人数がデイケアに居て、義務感から、どうにか絞り出すように震える声で原稿を全部読み上げました。

そしてその日から数日間の記憶がありません。ついでにその日から二週間くらい体調は激悪でした。

私には、自分の人生に向き合うまでにはもう少し時間が要るようです。

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