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『精神0』想田監督舞台挨拶

今日は映画を観に行ってきました。想田和弘監督が舞台挨拶に来ると聞きつけて、これは行かねばと思い朝からバスに乗って市内まで。

実は、私はこの『精神0』のロケ地に住んでいます。そして、今回のドキュメンタリー映画の主人公、山本昌知先生とお話をしたこともあります。この『精神0』はベルリン国際映画祭で賞を受賞し、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の正式招待を受けた作品で、本来ならば私の日常とは全く別の世界のもののはずでした。それが、私が通るいつもの道が、いつもの景色が、いつもの駅前の風景が、写し出されていました。

私が想田監督のことを知ったのは『精神』でした。2008年か2009年のことだったと思います。たまたま通りかかった映画館の上映中ポスターに“精神”とタイトルが付いていました。そのタイトルだけにつられてふらりと映画館に入ってみると、ちょうど上映の10分くらい前で、「まぁ時間もあるし見てみようか」と思い、チケットを買って席に着きました。私はタイトルにつられて入っただけなので、『精神』のことは何も知りませんでした。しかし、着席した時、その時の上映前の会場の空気感が普通の映画館の上映前の空気とは何か違う、と感じました。他の観客が、みんな前の席や隣の席、後ろの席の人たちと親しげに話しているのです。不思議でした。その理由が分かったのは、映画を観終わった後の話です。映画が始まると、なんだか見覚えのある風景がそこには映されていました。後ろ姿が映っている女子高生の制服にも見覚えがある。そこで「これは県内で撮られた映画なのだ」ということがだんだん分かってきました。その時は山本先生のことも「こらーる」のことも知りませんでしたが、数年後に「こらーる」「ミニコラ」「大和診療所」「ACT-zero」「藤田先生」というものが身近な存在になることとなりました。それは私がピアサポーターとして精神保健福祉の世界に関わり始めたからです。狭い世界なので、県内のいろいろな機関やいろいろな人々と、何らかの繋がりがあるのです。今はピアサポートの世界から少し距離のある生活をしていますが、とにかく、『精神』という映画がどんなものなのかが分かってきました。それが昔の話。あの時の映画館のあの会場には山本先生の関係者がたくさんいて、みんな知り合いだったのですね。

そして今回の『精神0』です。山本先生の引退の一連の流れを収めた映画でした。そして山本先生をずっと支え続けてきた妻の芳子さんの存在。連れ添う夫婦の深い絆。そんな映画でした。上映が始まってすぐに泣いてしまいました。どこにも泣く要素はないのだけれど、山本先生の言葉に涙が出てしまった。多分これは精神の病というものを経験したことのない人には分からないと思います。

今回『精神0』をご覧になる機会があった方々には是非『精神』も見てほしいです。以下にAmazonのリンクを貼っておきます。

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