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睡眠と私/ピアサポートとリカバリー

いつも眠前の薬を19時に飲んでいます。そして寝付くのが20時半くらいです。21時までには寝ています。

いつからそんなに早く寝るようになったのか、はっきりとは覚えていないのですが去年くらいからだったと思います。

私は発病から15年以上、睡眠が不安定でした。夜眠れなくて、朝の4〜5時まで起きていることが普通でした。夜眠れても、薬が効きすぎて昼の12時近くまで起きれない期間も長かったです。とにかく「睡眠」ということで苦労してきました。

起きている、つまり目が覚めていて意識があることがつらくODを繰り返すのが私の鬱状態の時の定番でした。それは今もです。そういう、眠剤をはじめとする薬の乱用の問題を前の主治医と話し合って、薬の管理を母親がすることになりました。

最初は眠剤を寝る前に、つまり22時や23時にもらって飲んでいました。でも、いつからか19時に飲むことにしたのです。時間を固定しました。今はそれが案外うまくいっている気がします。

19時に飲んで20時台に寝る。すると朝は4時前後に起きることが多いです。そしてその未明の静寂は、私にとってとても勉強向きなのです。教科書を読んだり雑務をしたり英語の予習をしたりしています。昼は被注察感(誰かにじろじろ見られている感じ:統合失調症的な感覚)が強くて集中できないので、朝4時〜7時くらいがいちばん物事がはかどります。

午後は集中力もなく、ぼんやりと時間が過ぎていくここ最近です。本当に何もできないです。被注察感も強いです。かろうじてできるのは、日記を書いたり、大学の個人ページから過去問をダウンロードすることくらい。健康な人には、過去問のダウンロードなんてなんでもないことだと思います。「簡単なことだ」と考えもしないと思います。でも私はノートパソコンを開いて電源を入れるのが、それだけがかなり気力と体力がいる行為なのです。病気の人はそういうモードで生きています。基本がそういう感じなので、ミニゼミや面接授業に出るのがどれほどのことなのか理解していただけたらとても嬉しいです。

今日は、比較認知科学(’17)の第5回を再視聴して該当章を読みました。それだけです。たったそれだけなのに、それに困難を伴います。

昔と今と、病状は平行線なのかもしれないです。でも、ピアサポートを始めてから、リカバリーという言葉に出合ってから、確実に活動的になりました。

しかし。リカバリーやピアサポートという言葉を取り巻く環境に、問題のある支援者や自己愛性人格障害の当事者などがいて、一旦それらから離れました。昨年の12月、いろんなことが嫌になってピアサポートの団体を辞めたのです。

その団体に所属していれば、ピアサポート活動で微々たるものですが賃金が得られます。保健所から活動に応じて講師謝礼等が支払われるシステムが確立しているというのが全国的に珍しいらしく、私の住んでいる県はピアサポート先進地の一つと言われています。

しかし、中身を見てみると杜撰な実態が見えてきます。まず第一に「ピア」という目線のあり方を勘違いしたまま活動している人がいるのです。「○○を“してあげる”」という上から目線の人や、自身の承認欲求を満たすためにクライアントを利用している人などがごく普通にいて、一体ピアサポートってなんなんだろう・・・と思い始め、結果としてその団体を辞めたのです。

いま私は、同じような疑問を抱いてその団体を辞めた人たちと一緒に新しいピアサポート団体を作る構想をしています。明日、午後からそのミーティングです。

動かない体をなんとか動かして、行ってきたいと思います。

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ナラティヴとは

今日は朝からナラティヴについて書いてある本を読んでいました。

「公認心理師の基礎と実践」シリーズの第3巻『臨床心理学概論』の11章にナラティヴ・アプローチが取り上げられています。

ナラティヴとはどういうものなのか、基礎的なことが書いてあります。以下、本文より。

「ナラティヴ(narrative)は、外界の出来事を受け入れ意味づける心の働きを基盤とする言葉の活動である。」

ナラティヴは意味を生む行為と深く関係する。変えようのない事実や関係そのものも、語りのあり方で意味づけが変わり、新たな現実を生んでいく。

ナラティヴの素材は個人の生、人生の出来事、体験である。それらが特定の他者に向かって語られる。語らいを通じて出来事が意味づけられ、その意味も動いていく。出来事は会話の中で選択され、編成され、その文脈の中で出来事の重みづけも変わっていく。意味の構成と再構成は語り手と聞き手の協働作業である。

(P140より)

その他、ナラティヴ・アプローチに関するいろいろな基礎的なことが書かれています。ドミナント・ストーリーとオルタナティブ・ストーリーなどについても書かれていました。

本が読めない。

ナラティヴの章も、1ページずつ休憩しながら読みました。頭が働かない。やる気や意欲といったものがわいてこない。でもこれは鬱ではない。

陰性症状という言葉が頭に浮かぶのです。

どうやっても「鬱だから」で片付かない状態が存在するのです。

慢性的にそんな状態です。基本的に本は無理矢理読んでいます。1、2ページずつしか読めないです。面接授業の教科書もそうだったし、全てがそんな感じです。

自分がかなり無理をしているのがわかる。

結構ギリギリな感で生きている。

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「文化人類学の考え方」まとめ/正門で葉っぱを掃いていた人はもしや…(笑)

10/24・25は面接授業でした。

昨日、つまり二日目の朝に学習センターに向かうバスの中で友人にFacebookのメッセンジャーからこう送りました。『文化人類学とは、どこか遠くのナントカ民族の調査をするというよりも、それらを手がかりにしながら「自分を見つめ直す」学問なのだというのが昨日の内容でした。』と。

サイードの「オリエンタリズム」やバルトの「エスニック境界論」やサックスの「成員カテゴリー化装置」など難しいことも学ぶのだけれど、担当の先生の考え方はもっとシンプルで、『文化人類学とは「あなた」と「わたし」のつながりを考える』『「当たり前」を問う』というものでした。

「わたし」は「あなた」との関係において存在している。

はじめから「わたし」なんて、ひとりで存在しているわけではなくて、他者の存在によってやっとはじめてその姿をつかむことができる。(『はみだしの人類学』P62より)

この教科書は薄いんです。しかも文字が大きいんです。つまり高齢でも読みやすい。逆に、小学生でももしかしたらいけるかもしれない。しかも口語で書いてあるんです。お手軽なんです。でも内容は濃かった。

単眼ではなく複数の視点を持つこと。新たな切り口から物事を見ること。それはギスギスしないで切り捨てないで上手くやっていくことにつながるのではないか。国家レベルから個人まで、それは応用可能なのではないか。っていうか「日本人」って何?「日本文化」?そんなものは存在するのか?…そういうことを二日間、我々受講生と先生は考え、それを深めていました。もちろん文化人類学っぽいこともやりましたけど。E・ボブズボウム『創られた伝統』とかB・アンダーソン『想像の共同体』とか。

帰り道、放送大学が入っている地元国立大の正門を通っていたら放送大学の来生新学長にめっっっちゃ似ている人が葉っぱを掃いていて一瞬ビビりました(笑)
もちろんそれは警備員さんなのですが、「お疲れ様です。」って言われました。どうもご丁寧にありがとうございます。本人だったらどうしよう・・・(笑)

楽しい二日間でした。あとは○Aさえ取れていれば嬉しいです。

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「文化人類学の考え方」面接授業二日目

今日は最後の時間がレポート作成でした。規定のレポート用紙の最終行までびっちり書きました。書いて提出し次第帰ってもいいことになっていました。・・・ら、最後まで残っていたのは私でした(笑)
でも、思いは書き切れたので成績評価はどうなってもいいかなと思います。理想は○Aですが。

今日は疲れたので、面接授業の詳細はまた明日書きます。

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「理系線」ルーズリーフ/面接授業一日目

この前の診察の日に文具専門店に行って、例のアレを買ってきました!!

10/17の日記に書いた、理系のルーズリーフ。転院先のすぐ近くに文具専門店があるのです。

使ってみたら、すごく使いやすい。私みたいな神経質な人にはおすすめです(笑)

2学期、10月〜3月までの半年の計画を一日刻みで表にしたらこんな感じです。

本当に使いやすくて、きっちりしたノートが作れます。細かいドットがすごく良いです。

コクヨ/キャンパスルーズリーフ(ドット入り理系線)B5 26穴6mm罫100枚
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今日は面接授業の一日目でした。内容は「文化人類学の考え方」です。

すごく面白いです。私の興味関心の一つが今日の段階で大変詳しく学べていて、考えさせられていて、すごく充実した一日目でした。明日はどんな内容なのかなとわくわくしています。

ちなみに、今まで取ってきた面接授業は全て、人間と文化コースのものばかりです。これからは心理学系の面接授業も取っていかなければならないのですが、やはり私には心理と教育コースより人間と文化コースが体質に合っています。

明日も一日頑張りたいと思います。

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スヌーピー完成/統合失調症と病識

レジンのスヌーピーが完成しました。

10/11の日記で試作品を作っていたものの最終型は、上の写真にさらに丸カンを付けてストラップをつけたものになりました。丸カンがタテにつかないので、ヨコに寝かせてつけました。それにストラップを付けて完成。スヌーピー好きの知人への誕生日プレゼント完成です。

今日はあんまり元気じゃないです。なんか・・・ダメだ…。

明日から二日間面接授業なのですが、その教科書が全部読めてないです。ここ最近ずっと、鬱というより陰性症状みたいな感じです。

私はこの日記の中でただの躁鬱だけと書いてきましたが、実は幻覚妄想に近い症状もあります。その萌芽は12歳でした。「屋根裏に人がいて、コンパスの針くらいの小さな穴から私のことをじっと見ている。」という妄想というか被注察感が中学生の頃からありました。でも、前の主治医は「その年齢だとまだ脳が出来上がってないから、超常現象を体験することもある。だから統合失調症の症状とは言い切れない。」と言いました。

しかし、現在でも被注察感は存在します。「自分の部屋の四方の壁がマジックミラーになっていて、人が私のことをじろじろ見ている。」というものです。明らかに了解不能なのですが、今までの医師には統合失調症ではないと言われてきました。なぜなら、「病識があるから」です。

「病識があるからあなたは統合失調症ではありません。ただの躁鬱病だけでしょう。」と今まで数人の医師に言われてきました。でも、私は自分では統合失調感情障害(統合失調症+双極性障害)なのではないかと思っています。私は医者ではないのでただの予想ですが、そんな気がするのです。

意欲の低下に関しても、鬱だから、というだけでは説明がつかない状態が存在しています。鬱ではなく、限りなく陰性症状的な感じがあるのです。でも、ASDの私は口頭でそれを上手く伝えられないので全てがうやむやになったまま現在に至っており、結果的に私は双極性障害の患者ということになっています。

「病識があるからあなたは統合失調症じゃない。」確かに、統合失調症は病識がないのを以て病気とするところがあります。でもそういう人だけではないと思います。精神医学の基礎的な知識があったら、自分が異常=病気だと気付く人がいてもおかしくないと思います。

今は、これを読む気力がわいてこないです。これは鬱なのか。それとも陰性症状なのか。

今度主治医になった人には何と言われるのだろう。

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特別セミナー「能・狂言入門」でした

今日は午後から学習センターで「能・狂言入門」の第1回でした。

特別セミナーはミニゼミと違って、在学生でない一般の人も受講可能です。

能楽の成り立ちの歴史や、観阿弥・世阿弥について学びました。今回は時間の関係で世阿弥についてあまり深くは触れられなかったのですが、講義の資料は手元にあるので後でゆっくり読もうと思います。私の中で世阿弥といったら〈『風姿花伝』の人〉というイメージです。

能や狂言には昔から興味がありました。でもきっかけがなくて深く学ばずに今まできたので、2学期の特別セミナーをいい機会にしたいと思います。全5回です。

講義の中で、「シテ方」「ワキ方」「狂言方」「囃子方」などの説明もありました。資料写真のどれが何なのかの説明を聞いて、少しだけ能楽に詳しくなりました。能と狂言を併せて能楽ということも知りました。あと、「夢幻能(むげんのう)」の構成などについて説明がありました。

南北朝・室町時代辺りが能楽の「創造の時代」→江戸時代250年間が「洗練の時代」→明治以降が「継承の時代」と大まかに分けることができるようです。

次回が楽しみです。

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お薬手帳

今日は深夜の1時過ぎに起きました。朝まで起きておこうかもう一回寝ようか考えて、3時からもう一度寝たものの、5:52に目が覚めました。そこからずっとmixiの日記のバックアップ作業をやっていました。

mixiは先日も書いた通り様々なサービスを徐々に終了していっており、9/14で日記のバックアップ(製本もできる)のサービスを終了しています。なのでWordに手作業でコピー&ペーストしています。

mixi日記は2009年9月から書いていて、今日は2010年10月まで完了しました。2010年9月の日記は74件ありました。1ヶ月は30日しかないはずなのに何故か74件(笑)

ボーダーラインという現象をなるべく客観的に捉えようと頑張っていた形跡があります。まるで自分の身を研究対象にするかのように、ボーダーラインという現象について連日考察していました。その中で入院になったり、実家を出たり、いろいろと状況が変わっていって、2010年11月は果たしてどんな展開をたどるのでしょうか。完全に忘れていた10年前の記憶が少しずつ蘇りつつあります。

今日は注文していたお薬手帳が届きました。


グリーンの方は↓
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最近は素敵なお薬手帳がたくさん出ていますね。可愛いです。

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診察の日でした/薬の間違いで薬局から電話が(笑)

今日は11:30〜予約でした。今日は転院して3回目。でも今日から主治医が変わる予定だったので、初診みたいなものでした。なので、朝からどんな人が新しい主治医になるのか不安と期待が入り混じった気持ちでドキドキ。

結論から言うと、新しく主治医になった人とは相性がいい感触です。この人となら上手くやっていけそうだなと思いました。

そもそもなんで主治医を変更したのかというと、転院初診で私の担当になった医師に不信がつのってしまったからです。私は明らかな双極性障害です。躁エピソードと鬱エピソードを繰り返しています。でも、たまたま初診の時に鬱で、鬱状態のみについて語ったら「あなたは双極性障害ではなくうつ病です」と言われ、「ラモトリギン(躁鬱の薬)を切っていきましょう」と言われてしまい、不信がわいてきてしまいました。しかも会って10分しか経ってないのにそう言われたので、もうこの人は無理かもと思ってしまって。で、この度主治医を変更する運びとなりました。

待ち時間は1時間くらいで済みました。昔、それこそ10年前に通っていた病院は2時間待ちが当たり前でしたし、ついこの間まで通っていた病院も1時間超えが当たり前だったので、なんだか良かったです。英語のリスニングCDをスマホに入れたのを聞いていたら呼ばれました。

で、薬局に行って薬をもらって家に帰ってきたら、いきなり薬局から電話が。「処方箋ではサイレース1mg×1錠に変更になっていたのに、この前までずっと1mg×2錠だったから変わっていないと思って間違えて1mg×2錠出してしまったのでもう一回来てくれませんか」とのこと。

私は「?」でした。

というのが、1mg×2錠から2mg×1錠に変わったはずだったからです。なので、「病院の方に確認を取ってみてもらえませんか?」と言ったら、薬剤師さんが病院に連絡を取ってくれたようで、どうやら誤入力で1mg×1錠になっていたらしいとのこと(笑)

よくあることなので、まぁ指定薬局は近くの薬局にしておいたし、いいかなぁ…と思いつつ、薬の交換に行ってきました。やはり近いのはいいですね。

※フルニトラゼパムはサイレースのことです。

とにかく、新しい主治医と上手くやっていけそうな気がしたので良かったです。

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「公認心理師の基礎と実践」シリーズ

秋桜枯れゆく里を彩れば亡き父の墓幼子の影

愛理

古語の「影」は現代語の「姿」です。この歌は、Facebookの短歌や俳句のグループに投稿しました。そこでは主催者の先生がコメントを下さいます。その先生のコメントへの返信として、この歌に込めた思いをこう説明しました。

『父親と私は非常に特殊で複雑な関係にありました。愛された記憶はありません。だから普段は記憶の彼方に抹殺してあります。しかしコスモスの咲く時期になると、ふと「墓掃除に行かなきゃなぁ…」と思うのです。散々虐待されたのにも関わらずです。この亡き父の墓の前に佇む幼子は、本当は父親に愛されたかった私なのだと思います。そういう複雑な思いと憧憬とが入り混じってこの歌になりました。』

最近は集中力がなく、本が少ししか読めません。今週末の面接授業の指定教科書を本当に少しずつ少しずつ読んでいます。軽躁から軽い鬱へとだんだん落ちてきたのかなと思ったりします。少し前の軽い躁状態の時期にメルカリでとにかく買い物をしていて、このシリーズの全23巻の半分くらい揃えました。私の躁状態の時の特徴は、とにかく買い物量が増えることです。

遠見書房の「公認心理師の基礎と実践」シリーズです。ちなみに、第15巻「心理学的支援法」は放送大学の大山先生が担当しておられます。

この第3巻が『臨床心理学概論』で、その中にはナラティヴについて書かれた章もあります。ナラティヴは、私が今とても興味があるワードのひとつです。・・・なんだけど、本が読めない…。前書きしか読めてないです。

いつか読みたいなと思いつつ、備忘録代わりに本日の日記といたします。

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